サイト運営をしているのですが更新を長らくサボっているWebサイトやブログがいくつかあります。リニューアルやリライトをしようかとどうかと久しぶりに管理画面をのぞいたところアクセスが皆無もしくはBot?と思われるアクセスだけになっていました。
流行の記事をアップしたり、目新しい話題を提供できていないのでアクセスが少なくなるのは仕方がないのですが全くアクセスがないのです。キーワード検索の時代にはSEOで検索結果の上位10位以内に入り1ページ目に表示されていればそれなりにアクセスがありました。
Webページを読みにいかなくてもAIがサマリを生成し、概要を出力してくるので何となくそれでいいやと思ってしまっているようです。
検索上位に入れなかった言わば「無名のサイト」は検索にかからないようになりました。特に画像検索は対象物を広告の付く商品かそれ以外かを明確に分けてしまい、有名な画像以外はその存在がないものとして扱われるようになりました。以前は生活道路を写したものも的確に一致させて見つけ出していましたが、今はラウンドマーク的なもの以外はヒットしません。何となく作風が好きだった写真家とか個人はネットの世界で埋没してしまいました。
活発に活動していて、有名になった人の作品についてはAIで最新作も過去作も深堀できるようになっていて、背景やストーリーなどもまとめてくれるようになりました。すぐに見つけられて、有名になったものを見落とさなくて済むのですがじっくり楽しむとか、好みのものを見つける楽しみが失われました。
アクセス履歴や動画の視聴履歴などから統計的に処理された興味関心を基におすすめコンテンツを表示するレコメンドシステムによって、飽き飽きするまで類似のコンテンツを見せようとしてきます。アルゴリズム嫌悪(アルゴリズムへの抵抗感や拒否感)をしないほうがおかしいというくらいにしつこいです。多分、アルゴリズム疲れ、だと思います。
元々、アンチアルゴリズム的な感覚が強かったのかもしれません。「アンチアルゴリズム」とはAIやSNSのレコメンド(おすすめ)機能による不透明な最適化や情報過多に疲れ、自分の意思や直感、偶然の出会い(セレンディピティ)を重視しようとする消費者トレンドおよび態度のことです。
素直に受け取れる人は、エコーチェンバー現象に浸食されます。エコチェンバー現象とは、SNSやインターネット上の閉鎖的な空間で、自分と似た意見や価値観を持つ人同士が交流・共感を繰り返すことにより、特定の思想や主張が増幅され、それが「世の中の一般的な正解」であると誤解してしまう現象のことです。
コラボブームへの反応性の高さやコレクション収集、推し活にたくさんのお金を使うことからいわゆるオタク消費を加速させることができて、アルゴリズムやその応用であるネット広告との親和性が高いです。
生成AIとAIアルゴリズムによって、視聴数の稼げる類似コンテンツだらけになってコンテンツの陳腐化や視聴離れが加速しています。一方で、製作者や関連産業に従事する人の仕事を奪っていて、仕事があっても低単価になってしまいました。フリーランサーだけでなく、写真素材や画像素材の企業が赤字で事業継続が困難になっています。制作過程の動画を見てそれなりに成果物を出せる趣味的なクリエーターは生まれるでしょうが、名作を生み出せるような真のクリエーターは育たなくなると思います。今後はAIが無断学習する元が絶たれてしまうのでその土壌は焼け野原になってしまうと思います。
多くの人が多くの作品を発表していた時代は世間の評判とは無縁に、本当に心にしみる作品に出合えました。その根底にはオリジナリティのある構図、アイデアを含んだ作品が楽しめたことがあるように感じます。2019年くらい(生成AI以前)までの時代でインターネットが利用できた頃が人間の熱量と個性がそのまま形になり、流通していたのでコンテンツの黄金時代だったと思います。
当時を振り返ると、いくつかの大きな特徴や文化が見えてきます。
1. 「個人の熱量」が主役だったテキスト・個人サイト文化
• テキストサイトとブログの全盛期: 2000年代前半〜2010年代、管理人の文体やユーモアそのものがコンテンツでした。日記、レビュー、創作小説など、1文字1文字が人間の思考から紡がれていました。
• HTML手打ちの個人サイト: 自分の「好き」を表現するために、隠しページやキリ番(キリのいい訪問者数)など、不器用ながらも温かみのあるコミュニティが乱立していました。
2. 「不完全さ」が生んだ、初期の動画・イラスト・音楽文化
• ニコニコ動画や初期YouTube: MAD動画、ボカロ(VOCALOID)、踊ってみた、ゲーム実況など、「プロではない一般人」が驚くべき熱量で創作を行っていました。
• 技術の限界が育んだ創意工夫: 機材やソフトの性能が限られていたため、クリエイターはアイデアや独自の工夫で勝負せざるを得ず、それが唯一無二の「尖った作品」を生み出していました。
3. 「検索」が探検だった時代
• 偶然の出会い: 現在のようにAIが好みを先回りしておすすめ(レコメンド)するのではなく、リンク集やブログランキングを辿って「誰も知らない面白いサイト」を自力で見つける楽しさがありました。
• 情報の多様性: 検索結果の1ページ目が、まとめサイトやSEO(検索エンジン最適化)対策された同じような文章で埋め尽くされる前は、個人のリアルな体験談やニッチな考察がそのまま転がっていました。
4. コミュニティと「文脈(コンテキスト)」の共有
• 顔の見える関係性: コンテンツの背景にある「それを作った人の人柄や苦労」をファンが理解し、一緒に育てる空気感がありました。
• 二次創作の連鎖: 誰かの一つの作品がリスペクトされ、そこから新たな創作が数珠つなぎに生まれる「人間の手による経済圏」が機能していました。
老舗メディアの力も衰えてきたので難しいかもしれませんが、古いPCのデータとして保管してあるブックマークからインターネットアーカイブを使ってレトロコンテンツを楽しむという古くて新しい楽しみ方に活路を見出せればと思います。
